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第十七回 圀手會奉告祭「白川学館 圀手會 合同 伊勢新嘗祭」

日時

2020年 11月21日(土)

場所

神宮会館 本館4階 大講堂

 

※以下、伊勢新嘗祭の直会での「白川学館 菟田中子理事」のご挨拶です。

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 白川学館理事の菟田中子と申します。

先ほど、白川学館・圀手會の合同伊勢新嘗祭が滞りなく執り行われましたことをお喜び申し上げますとともに、心が浄化されるような素晴らしい雅楽と舞を御神前にご奉納・ご披露くださいました十二音会の先生方、本当にありがとうございました。

そして、お忙しい中ご参集くださいました皆様、誠にありがとうございました。そしてこのツアーを企画し万端のご準備をしてくださった七沢賢治先生をはじめ白川のスタッフの皆様に改めて感謝申し上げます。

私の祖父の父(私にとってはひいおじいさん)菟田茂丸はかつて(昭和6年から昭和12年まで6年間)この伊勢神宮内宮で小宮司を拝命しておりました。また祖母の父(こちらも私のひいおじいさん)矢野豁も大正12年から同じく神宮の禰宜を拝命しておりました。そのご縁で祖父と祖母が結婚したものですから、神宮がなければ父は生まれておりません。また偶然ではありますが私の母は伊勢出身ですのでこの伊勢と言う地は私にとって格別の意味があります。また、こうして皆さんが宮中祭祀の中でも一年の中で最も大切な新嘗祭に心を寄せてくださることに、曽祖父たちも大変喜んでいるように感じます。

実は、昨日伊勢に到着してすぐに中日新聞を読んでいましたら、一面にこんなことが書いてありました。

『古代ユダヤの学校では、一年生を「賢者」と呼んだそうだ。二年目には「哲学者」、最終学年の三年生で「学生」と呼ばれる。』

物を知らない勉強し始めは皆、自分は賢くなったと思ってしまうけれど、徐々に世界の奥深さに気が付き最終的には謙虚に学び続ける姿勢を持つのだというような戒めなのかなぁと勝手に解釈しました。

圀手會や白川学館の門人のみなさんが、この伊勢の地でこのように集まってお祭りを行う意味については先ほども大野さんから縷々お話しがございましたけれども、ここ伊勢神宮は昨年御代がわりをし126代となりました2680年続く皇室の祖先天照大神をお祀りするお宮として日本国中から尊崇を集めてまいりました。

皇室の御存在は我が国の基でありますが、長い歴史をかけて皇室が日本の国柄についてどのように護り伝承してきたのか、と言うことを考えますときに、真っ先に思いつくのは聖徳太子の「十七条憲法」です。十七条憲法には「ともにこれ凡夫のみ」と書かれています。私たちは皆凡人であって、全てわかっているわけではないし、全ての意見が正しい人もいない。そう言う間違いだらけの者同士なのだ。それを理解することがいかに大切か。勉強すればするほど、いかに自分が何も知らないかを知り、謙虚に人の言葉に耳を傾けるようになる。人間の人格というものは、磨けば磨くほど高まっていくものではありません。

修行すればするほどいかに自分が未完で未熟だということをより一層具体的にはっきりと知るようになる、それが精進なのです。そのような「人の特性」というものをよく理解した上で、聖徳太子は「ともにこれ凡夫のみ」と書いたわけですし、その精神は明治天皇の五箇条の御誓文にも受け継がれていると言われています。

ですから、五箇条の御誓文の一番目は「広く会議を起こし、万機公論に決すべし」と明治陛下はおっしゃいました。

日本では、一人の優秀な指導者にみんなが盲目的に従うのではなく、広く会議を起こし、皆凡人で間違いだらけの凡人が一人一人精進しながら、意見を出し合うことで「公」にとって、より良い答えを導き出しなさい。そういうことを明治陛下は御誓文、つまり神明に誓われたわけです。

先ほどご紹介した「ユダヤの学校」の話を新聞で読んでますます、人間の特性という物を理解しながら、日本のお国柄を本当に心から考えられて、そして長い年月を紡いでこられたそういう御皇室が我が国にはあるのだ。私たちはそういう国に生まれたということを誇りに思い、皇室のご存在に感謝し、一人一人が精進し修行していくことを確認するためにこの伊勢に集まったのだと思っています。

まさにこの伊勢新嘗祭が、皆様が『公』のためにご活躍なさるきっかけとなり、皇(スメラギ)の弥栄(イヤサカ)と共に我が日本が世界の中で素晴らしいお役目を果たせますよう祈念し、乾杯したいと思います。

「乾杯!」